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ネパール・フォト! |
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本サイトでは、ヒマラヤ保全協会のトップページに今までに掲載された写真を紹介します。 |
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<ヒマラヤ保全協会ネパール事務局長、ナル=バハドゥール=プンさん>
ナル=バハドゥール=プンさんはヒマラヤ保全協会ネパールの事務局長であり、現地事業の実務面すべての責任者です。ヒマラヤ保全協会ネパールは、ヒマラヤ保全協会のカウンターパートとして1997年に設立され、現在、事務局長をふくめ3名の常勤スタッフがいます。写真は、ヒマラヤ保全協会事業地の一つのサリジャ地区で苗木の剪定をしているとことです。(2010年1月)
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<コプラ・リッジ(標高3600m)から見たヒマラヤ保全協会の事業地>
コプラ・リッジ(3600m)からはヒマラヤ保全協会の事業地が一望できます。カリガンダキ(川)の東側(写真左側)はアンナプルナ地域、西側(写真右側)はダウラギリ地域です。カリガンダキ(川)はヒマラヤ山脈を南北にきる巨大な地溝帯になっています。ヒマラヤ保全協会は2009年度よりダウラギリ地域(ドバ-ベガ地区)において あらたな植林事業を開始しました。(2009年11月)
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<サリジャ村の女性グループが紙漉事業をすすめる>
ヒマラヤ保全協会では、生活林プロジェクトの一環として紙漉事業もおこなっています。地域の森林資源を有効に活用して紙をつくり販売すれば貴重な現金収入がえられ、地域の活性化にむすびつきます。彼女たちがもっているのは、紙漉のフレームの中で乾燥されるネパール特産ロクタ紙です。(サリジャ村、2009年1月)
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<新プロジェクト地・ダウラギリ地域で生活林プロジェクトを開始する>
カリガンダキ川西岸、ダウラギリ地域に位置するドバ村において、生活林プロジェクトをあらたに開始しました。ヒマラヤ保全協会は計画通り、従来のアンナプルナ地域から西方へ事業地をうつしていきます。写真はドバ村の集落です。(2009年5月)
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<ヒマラヤ保全協会創設者の川喜田二郎先生が永眠される>
ヒマラヤ保全協会創設者・同名誉会長の川喜田二郎先生は7月8日、89歳にて永眠されました。ここに生前のご厚情に対して深謝し、先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。(写真:ヒマラヤ保全協会ネパールのスタッフとともに、1997年にポカラにて、ネパールの皆さんにKJ法を指導された折りに撮影)
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<サリジャ村ではサカムニ=コラザさんが苗畑管理人をつとめる>
「皆さん、こんにちは。サリジャ村の苗畑管理人のサカムニ=コラザです。管理人になって4年になります。毎日頑張っています。これからも、皆で協力して苗木を育てていきたいとおもっています。ご支援ご協力をよろしくお願いします」(2009年1月)
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<ロクタの苗木がすくすくとそだつ>
ロクタの苗木の栽培をはじめました。ロクタの樹皮からは紙をつくることができ、それを販売することにより、住民は現金収入を得ることができます。ヒマラヤ保全協会は住民の生活改善に役立つ苗木も積極的にそだてています。(2009年1月)
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<17年ぶりに感動の再会をはたす -山岳エコロジースクール->
1992年にシーカ村で開催された第1回山岳エコロジースクールに参加者したNさんは、先に開催された第15回山岳エコロジースクールに参加し、シーカ村の当時のホームステイ先のトゥル=バハドゥール=ランティザさんと、実に17年ぶりに感動の再会をはたしました。当時の家はトレッカー用のロッジに現在はなっており、あたりはすっかり様変わりしていました。(2008年12月)
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<地すべりが発生し、村に危険がせまる>
ヒマラヤ山岳地帯では地すべりが多発し、村々に危険がせまり、住民の命がおびやかされています。写真は地すべり地の最上部を撮影したものです。土地に亀裂が入っているのがわかります。この亀裂は、地すべりのうしろ側にあることから「後背亀裂」といいます。後背亀裂の前面の土地は今まさに下方へ(矢印の方向へ)すべりおちようとしています。くずれ落ちた土砂は集落をおそい、村に災害をもたらします。ネパールでは毎年、何百人もの人々が土砂災害で命をおとしています。(ダウラギリ地域・ベガ村にて、人物はダン=クマール先生、2008年5月)> さらによむ
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<収入向上のために織物プロジェクトをすすめる>
ヒマラヤ山村には産業がないため、現金収入が得られず住民はこまっています。そこで、森林資源を活用して織物をつくり販売するプロジェクトを開始しました。具体的には、地域に多数自生するイラクサ(現地語でアロ)をつかいます。人物は、真剣な眼差しで試作品を検査するガンマヤ=ガルブザさん。ガンマヤさんは、サリジャ村の織物指導者の一人として活躍しています。(2009年1月)> 木から、織物と紙ができるまで -ネパール山村で、暮らしの楽しさ・豊かさをもとめて収入向上事業がはじまる-《第28回ネパールサロン》 |
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<森林が後退すると土壌流出や斜面崩壊がおこる>
山岳地帯のヒマラヤでは、森林が後退すると土壌流出や斜面崩壊が頻繁に発生し、村は危険にさらされ、下流域にも悪影響をあたえます。写真は、新プロジェクト候補地のベガ村の土壌流出の現場です。土壌がなくなり基盤岩が露出しています。今後、植林活動をすすめなければなりません。人物は、きびしい現実を見つめる地元のダン=クマール先生です。(2008年5月) |
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<ヒマラヤ保全協会のネパール人スタッフ、チトラ=プンさん(左)とご家族>
「ヒマラヤ保全協会の皆さん、こんにちは。ヒマラヤ保全協会ネパールのフィールドスタッフをしているチトラ=プンです。私は、日本人スタッフや専門家、また山岳エコロジースクール参加者の皆さんと一緒にいつも事業地をあるいています。ヒマラヤ山中における植林・環境保全活動は大変きびしい仕事ですが、今後とも頑張っていきたいとおもっています」(2005年10月) |
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<ダウラギリ(奥)とプンヒル(手前)に朝日がさしこむ>
写真はトレッキング中にたちよる景勝地プンヒル(3,193m)からダウラギリ山(8,167m)をのぞんでいるところです。プンヒルには山岳エコロジースクールでたちよります。山岳エコロジースクールでは、ヒマラヤをトレッキングし自然環境の多様さを体験し、また、ネパール山村にホームステイし、山の暮らしから環境をまもることの大切さをまなびます。(2007年12月) |
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<「ナルチャン村の苗畑運営は軌道にのってきました」>
「ヒマラヤ保全協会の皆さん、こんにちは。ナルチャン村の苗畑を管理しているサハビール=ガルブジャです。いつもお世話になっております。ナルチャン村の苗畑運営は軌道にのってきました。これからはミカンなどの果樹にも力を入れていきます。今後ともよろしくおねがいします」(2008年2月) |
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<ネパールの6〜9月は"モンスーン"とよばれる雨季である>
ネパールの6〜9月は"モンスーン"とよばれる雨季にあたり、乾季はと気候が明確に区別されます。"モンスーン"は、元来は季節風の意味であり、ヒマラヤ山脈はその形成に大きな役割を果たしています。アジアの自然環境を理解するうえで"モンスーン"はとても重要です。(写真:カトマンドゥ、アサンでの豪雨の様子、2007年8月) |
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<ネパール西部中間山地にはマガールの人々がたくさん暮らしている>
ヒマラヤ保全協会が活動しているネパール西部のヒマラヤ中間山地には、マガール人がたくさん暮らしています。私たち日本人が事業地をおとずれる時はいつもホームステイをさせてくれます。現地の人々とともにあゆむことにより、つよい信頼関係が生まれます。(写真:ミャグディ郡ラムチェ村のガルブジャさんご家族、2007年8月) |
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<1500haの森林を再生する>
キバン-ナンギ地域の植林プロジェクトにより約1500ha(東京都渋谷区に匹敵する面積)の森林を再生しました。(写真:シーカ村付近、2008年5月)> 40年前との比較写真はこちらです |
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<「私たち住民が森をしっかり管理し、まもっていきます」>
キバン-ナンギ地域の植林プロジェクトを終了し、苗畑を各村にハンドオーバーしました。12年間で約70万本の植樹をおこないました。今後は、村人みずからが森林を管理し、まもっていきます。(写真:森林委員のメンバーのジャス=バハドゥール=ティリザ=プンさん、サン=バハドゥール=ガルブザ=プンさん、ジュム=バハドゥール=ブドゥザ=プンさん、キバン村の苗畑にて、2008年5月) |
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<ナルチャン村で苗畑の運営が進展する>
ハンノキ、マツ、ミカン、飼料木などをそだてています。苗畑でそだった苗木はボランティアにより荒廃地に植樹されていきます。(2007年4月) |
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<『旅の指さし会話帳「ネパール」』をつかって子供たちと話す>
スタディツアー参加者が、『旅の指さし会話帳「ネパール」』(野津治仁著、情報センター出版局)をつかって、ネパールの子供たちとネパール語で話しています。第19回スタディツアーでのひとこま。(2007年8月、ベニへむかう途中にて) |
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<シャクナゲの花がさく>
シャクナゲはネパールの国花、3月になるとヒマラヤ山岳地帯でさきみだれます。背後はダウラギリ山(標高8167m)、サンスクリット語で「白い山」の意味です。(2008年3月、ナルチャン上村) |
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<ナルチャン村の小さな姉妹が見送ってくれる>
仕事がおわって、いよいよ村をはなれようとしたら、野花をつんで花輪をつくって首にかけてくれました。(2007年4月) |
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<カリガンダキ川を北上する>
カリガンダキ川は、ヒマラヤ山脈を南北に切ってながれる大河です。この川を北上していくと、多様な自然環境を実感しながら、その中でくらす様々な民族に出会うことができます。ヒマラヤ保全協会の事業地はこの川の流域にひろがっています。(2004年、ベニ付近)> 参考サイト |
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<感動体験を実現! -山岳エコロジースクール->
「ネパール・ヒマラヤ山岳エコロジースクール」は皆様の感動体験を実現します。写真は、第13回ネパール・ヒマラヤ山岳エコロジースクールの参加者たち、背後は、ダウラギリ山(8,167 m)です。(2006年12月、景勝地プンヒルにて)> ネパール・ヒマラヤ山岳エコロジースクール |
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<ヒマラヤ保全協会ネパール会長、マハビール=プンがマグサイサイ賞を受賞>
ヒマラヤ保全協会ネパール会長のマハビール=プンが、アジアのノーベル賞といわれる「マグサイサイ賞」を受賞しました。彼は、ネパール・ミャグディ郡・パルバット郡において、当協会の事業の推進のために10年以上にわたり多大なる貢献をしてきました。特に、ワイヤレス・インターネットの構築により、山村僻地を世界につないだことが高く評価されました。「マグサイサイ賞」の受賞は、ヒマラヤ保全協会では、川喜田二郎名誉会長につづいて二人目となりました。(2007年8月)。> プン会長に聞く > Nepalnews.comの記事[PDF] |
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<多様性と混沌の縮図を見る -首都カトマンドゥ、アサン->
アサンは、ネパールの首都カトマンドゥの中心街、人と物があふれかえっています。この雑踏の中に、世界有数の多民族国家であるネパールの多様性と混沌の縮図を見ることができます(2007年4月)。 |
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<森林委員会のメンバーが住民を指導する>
ヒマラヤ保全協会は、現地住民みずからが自立的かつ持続的に森林保全にとりくめるように、現地住民からなる森林委員会を結成して、住民が主体になった森林保全・環境保全活動を展開しています。写真は、ネパール西部・ナルチャン村の森林委員会メンバーです(2007年4月)。 |
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<奨学金をうけて勉強する生徒たちがいる>
ヒマラヤ保全協会では、めぐまれない境遇にありながらも一生懸命勉強する生徒たちに奨学金を支給しています。写真は、ネパール西部・ナンギ村のホステルで勉強している奨学生です(2006年8月)。 |
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<ナルチャン村で、苗畑の建設がすすむ>
新プロジェクト地、ネパール西部・ナルチャン村で苗畑の建設がすすんでいます(2005年10月)。ヒマラヤ保全協会は、苗畑で苗木をそだてて、その周辺地域一帯に植樹をしています。 |
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<ヒマラヤの夜明け>
ヒマール(ヒマラヤ山脈)からの御来光です。ヒマラヤの夜明けは天地開闢をおもわせます。撮影地点は景勝地プンヒルです。この地点からは、ダウラギリ、アンナプルナ、マナスルの各ヒマールが見渡せます。 |